JALMの広場
オバマ次期大統領と労働組合の将来

山崎憲(会員; JIL調査職員、明治大学大学院)

 <オバマ大統領誕生の原点―AFL-CIO第50回記念大会>

obama 2005年7月、シカゴでオバマの演説を聞いたことがある。アメリカ労働総同盟(AFL-CIO)の全国大会の来賓として演壇に立つオバマを会場は拍手の嵐で迎えていた。第50回を記念して、メーデー発祥の地、シカゴで行われた大会に私を招待してくれたAFL-CIOミシガン州支部長マーク・ガフニーが、オバマは2004年民主党大会基調演説で注目を集めた地元の若手議員だと教えた。ところで、スピーチの内容はまったく覚えていない。この日の主役は、2004年大統領選挙に副大統領候補として臨んだエドワーズ元上院議員だった。

 エドワーズは、アフガニスタン、イラクから一刻も早く若者を取り戻すべきだと口火を切った。次いで、国民皆保険の重要性に触れ、自分の兄が医療保険を持っているのはIBEW(全米友愛電機労組)組合員だからであり、自分の父も組合員だから医療保険があること。子供時代には父親が加入している医療保険で何度も自分が助けられたjohnことを述べて、労働組合が医療保険に果たしてきた役割を称賛するとともに、現在、医療保険と年金がいかに危ない時期に来ているかと発言した。次いで、全米各地の家を訪問して、食卓を囲む対話を重ねている体験談から、職をなくし、家もなくすなどミドルクラスの生活が低下し、富める者と貧しいものの格差が拡大していることから、貧困の撲滅を訴えた。さらに、信仰の自由を認められない中国のカソリック教徒やスーダンで飢餓に苦しむ少女、ロシアで政治的に捕らわれている人の権利を、力ずくではない方法で守らなくてはならいと述べた。熱意あふれるエドワーズの演説に、聴衆は拍手とスタンディングオベーションで応えていたことを覚えている。

 <2004年大統領選挙の失敗 >
 2004年の大統領選挙は国を二分するさまざまな争点があった。イラク戦争の是非、堕胎の是非、同性結婚の是非。これらが、国家安全保障の在り方やキリスト教信仰に対する姿勢につながり、妥協することのできない争点となった。労働組合は国内の雇用不安をもたらす可能性のある自由貿易協定の締結、公正労働基準法の改正による残業手当支給対象となる労働者数の大幅削減、労働組合設立に不利益を与える法制度、雇用回復なき経済回復などのブッシュ政権の施策を非難し、主張が近い民主党を支持していた。しかし、労働組合員やその家族は、国家安全保障の在り方やキリスト教信仰に対する姿勢を問われると、民主党支持として一枚岩になることが難しい状況だった。

 その一方で、文化人の多くが民主党への支持を訴えた。2004年、映画「ミスティック・リバー」でアカデミー主演男優賞を受賞したショーンペンは、授賞式で「大量破壊兵器は存在しなかった」とイラク戦争の姿勢を批判し、マイケルムーア映画監督は反ブッシュのドキュメンタリー映画「華氏911」により、カンヌ映画祭で最高賞を受賞した。大統領選挙が近づいてくると、ブルース・スプリングスティーンやREM、エミネムといった様々なジャンルのポップミュージシャンが選挙で民主党に投票することを訴える合同コンサート”Vote For Change”を各地で開催していた。メディアは保守系のFOXテレビが共和党支持を打ち出していたが、国を二分する議論の前に、他のメディアははっきりとした姿勢を打ち出してはいなかった。

 それでも、AFL-CIOは民主党が世論や文化人の支持を背景に大統領選挙に勝てると過信していたのではあるまいか。連邦選挙管理委員会によると、AFL-CIOは2004年の大統領選挙で、1400万ドル(約15億円)を民主党へ献金したほか、労働組合員が選挙活動員として無償協力していた。それにもかかわらず、2004年の大統領選挙で勝ったのは共和党だった。共和党は大統領選挙の雌雄を決するとされるオハイオ州とフロリダ州を征した。

 マスコミは、映画人、音楽家の声は35歳以上には届いたものの、若者には届かなかったのではないかと分析した。若者は政治よりもテレビゲームに関心があるのではないかという話だった。

 しかし、選挙戦略の中でもっと根本的な問題があった。AFL-CIOは、民主党が楽に勝てる州や、まったく勝ち目のない州、接戦となる州に区別をつけずに選挙資金の投入や選挙活動をしてきたのである。ミシガン州の民主党大統領選挙を指揮したAFL-CIOミシガン支部会長マーク・ガフニーによれば、ローカル組合に属する労働組合員が時給の2倍に相当する額を組合費としてローカル組合に納め、ローカル組合は産別組合、AFL-CIO州支部、中央労働評議会に組合費の一部を上納し、産別組合が全国AFL-CIOと産業別委員会に上納する仕組みになっているという。各州の選挙はAFL-CIO州支部が指揮するが、その選挙活動経費はローカルから納められる組合費の範囲にとどまり、中央からの補填はない。

 今回も雌雄を決するきっかけとなったオハイオ州がAFL-CIOのこれまでの選挙戦略を良く表している。オハイオ州は高速道路75号線でミシガン州と南北でつながる。ミシガン、オハイオ両州ともに自動車産業の中心である。労働組合の最大勢力は全米自動車労働組合(UAW)とチームスターズ。どちらの州にもUAWとチームスターズの支部があるものの、2004年まではUAWもチームスターズもミシガン州のAFL‐CIO支部には組合費を納めるが、オハイオ州のAFL-CIO支部にはほとんど資金を納めていなかった。ミシガン州は民主党にとって楽に勝てる州の一つである。それにもかかわらず資金が潤沢にあり、一方で雌雄を決するためには落とすことができないオハイオ州は選挙資金や運動員にも事欠く状態になっていた。もっともこのような状況でも、これまでの選挙でかならずしも民主党がオハイオ州で負けてばかりいたわけではないが、近年の労働組合の低迷に歩調を合わせるように選挙でも弱くなっていた。

 このように戦略のない選挙戦を改め、より重要度の高い州に集中的に資源を投入するとともに、まるで勝ち目のない州からは潔く手を引いたことが、これまで接戦となっていたオハイオ州やフロリダ州で今回の勝利を得られた大きな要因と思われる。

 <ニューディール−労働組合の結成は労働者の手に(Employee Free Choice Act)>

 11月4日の大統領選挙で勝利を手にしたオバマ次期大統領が行った演説には、「ニューディール」という言葉が使われた。フランクリン・ルーズベルト大統領が行った大恐慌からの復活を期すためのこの政策では、公共投資に加えて、労働組合が大きな役割を果たした。労働組合と使用者が行う団体交渉を通じて労働分配率高め、労働者の購買力を向上させることで市場需要を喚起することを目的に、政府が法整備を行った。社会に公正な分配を促すということでは、ニューディールという名前にふさわしい政策だったと言える。

 オバマのニューディールとはどのようなものを指すだろうか。

 労働分野で予測すると、ルーズベルトのニューディールと同様に労働者の購買力を高めることで市場需要を喚起するために労働組合を活用することを試みるのではないかと思われる。全国労働関係法(NLRA)を改正して、労働組合の成立要件を緩和することになるだろう。現在、アメリカの労働組合組織率は10%足らずであり、その大半が大企業の労働者と公務員で、ほとんどの労働者は労働組合に加盟していない。労働分配率や賃金水準は労働組合がある場合は団体交渉を通じて行うことが可能だが、労働組合に属していない労働者は、単独で経営者と交渉を行うしかない。情報量、交渉力の点で、労働者単独では経営者に勝ち目がない。連邦政府が最低賃金を引き上げても、アメリカでは最低賃金の設定は州にまかされているため、最低賃金が連邦政府の水準を上回るのは労働組合の勢力が強い州に限られている。結局は、労働者が労働組合を通じて自主的に取り組むことが必要となっている。換言すれば、労働者が労働組合を自ら組織して団体交渉を行うことが、労働分配率を高めるためには欠かせないのであり、規制だけでは大きな変化が起こらないのである。

 NLRAでは、労働組合の成立には、事業所に属する労働者の過半数が選挙で賛成することが必要だと規定されている。日本のように、たった一人の労働者でも労働組合を結成したと宣言しただけで自動的に組合の成立が認められたり、企業外の労働組合に加盟することで労働組合員になることができるという状況とは異なっている。すなわち現状のアメリカでは、一人では組合を結成できないし、外部の組合に加盟できないのであり、このことによって、労働組合に参加できない労働者の労働条件に関する交渉力を弱めているのである。「ニューディール」によって、新しい分配を行い市場需要を喚起するという経済政策をとるならば、NLRAの組合成立要件に縛られず一人でも参加できる労働組合を認めることが必要になるのではあるまいか。

 この点に関し、オバマはEmployee Free Choice Act(EFCA)の成立を公約として掲げてきた。EFCAは労働組合の結成を労働者の意思のみに委ね、経営者の干渉を防ぐための法案である。NLRAは、事業所に属する全従業員の3割が組合結成を求めるカードに署名した上で、投票により全従業員の過半数が賛成した場合に労働組合の結成を認めている。かつては、組合結成を求める署名付きのカードを集めるだけで経営側が穏健的に労働組合の結成を認めることが一般的だったが、1980年代からカードだけでは労働組合の結成を認めない経営者が増え、投票に際して労働組合結成を阻止するキャンペーンを従業員に対して行うケースが多くなっている。加えて、経営者側により、投票期日の引き延ばしが行われるなどの中で、投票前は過半数を超えていた労働組合結成の支持が覆されることが珍しくなくなった。たとえ投票の結果、労働組合が結成され、経営者側が誠実に団体交渉に応じなくても、罰則規定が弱いため、実際に団体交渉が行われずに解散に追い込まれてしまう労働組合も多い。EFCAは、事業所の従業員の多数が組合結成を求める署名カードを提出するだけで、自動的に労働組合が結成できるようにするとともに、労働組合の組織化活動中に経営者側から不利益な取り扱いを受けないように罰則を設け、労働組合結成後の経営側の団体交渉開催に伴う不利益な取り扱いにも罰則を設ける。オバマだけでなく、ヒラリー・クリントンや次期副大統領バイデンもEFCAの成立を支持している。EFCAが成立すれば、労働組合の結成に経営者がほとんど干渉することができなくなり、成立後の団体交渉を誠実に行わなければならなくなる。

  マサチューセッツ工科大学(MIT)が中心となって2001年に報告された「アメリカ労働市場制度の再構築に関する特別研究チーム」による議論では、事業所ごとに結成する現在の労働組合の仕組みを改めて、学生や退職者にも組合籍を認めるとともに、勤め先が変わっても同じ組合籍を保持し続けられる新しい労働組合を提案した。この新しい労働組合は、これまで企業に担わせてきた米国の社会保障制度の行き詰まりを打開するため、医療保険、年金、能力開発などのサービスも提供する。EFCAのように労働組合の結成権を労働者に委ねることに加えて、社会保障制度の再構築を新しい労働組合に担わせるという流れがオバマのニューディールの一つの方向になるかもしれない。

 日本で近年問題となっている格差問題は、アメリカでも日本を先んじるように問題視されており、日本でもアメリカでも表面上は規制緩和、市場至上主義の大合唱であったが、水面下では解決のための処方箋がこの10年の間、議論され続けていたのである。

 <労働組合は果実を手にできるか?>

 ワシントンに位置して、MSNBC、ABCなどのテレビ局を中心に情報を配信する政治、議会関連情報の総合通信社POLITICO(http://dyn.politico.com)は11月25日付ウェブサイトの’Labor Pained: Labor sec. not on econ team‘と題する記事で、The pro-union Labor Research Associationの事務局長ジョナサン・タシーニの発言を紹介している。ジョナサン・タシーニはUAW傘下の全米著述業組合(The National Writers Union)の元会長でフリーランスの労働関係記者である。タシーニ自身のブログ(http://www.huffingtonpost.com/jonathan-tasini/)では、11月24日付’John Edwards for Labor Secretary’と題する記事の中で、ジョン・エドワーズが労働長官にもっともふさわしい人物であるとする。その根拠として、クリントン時代の労働長官ライシュの例をあげる。ライシュは労働組合寄りの立場を代表し、労働組合と利害の一致しない経済政策を展開する財務長官ルービンと対立関係にあったが、力関係の点でルービンを超えて労働者よりの政策を通すことができなかったとする。したがって、次期労働長官は財務長官と渡り合えるだけでなく、議会および世論をも味方につけることができる力量のある人物がふさわしいとする。この点から、もっともふさわしいのがジョン・エドワーズであるとの持論を展開し、POLITICOも重要情報として取り上げている。

 民主党大統領候補選挙に臨むにあたり、エドワーズとオバマの大きな相違点は二つある。エドワーズは貧困の撲滅、格差の撤廃を第一の公約に掲げていたのに対し、オバマはアメリカン・ドリームの再構築という漠然とした公約だった。もう一つの相違点である対外戦略に関しては、イラク、アフガニスタン両地域からの撤退を求めるエドワーズに対し、オバマはイラクからの撤退の代わりにビンラディンの潜伏地として疑わしいアフガニスタンに増派を訴えた。端的にいえば、エドワーズがもっともリベラルかつ貧困層よりの政策を提案していたのに比べれば、オバマはエドワーズよりも保守的な政策を提案していたのである。加えて、今回の民主党大統領候補選挙の最初の2州でオバマについで2位となるなど世論の支持もあっただけでなく、前回の大統領選挙の副大統領候補と知名度が高い。新しい財務長官と渡り合うのにも、実力は申し分ない。

 しかし、労働長官が誰になるにせよ、政府による最低賃金の引き上げや、課税の累進制強化という外枠だけでは活力があり公正な社会の復活は難しい。EFCAの実現が現実味をおびてくるにしたがい、「労働組合に入らないという権利も労働者にはあるはずだ」という主張や、「EFCAができたとしても労働組合をつくらせない方法を伝授します」という広告を掲げる弁護士事務所やコンサルタントが目につくようになり、規制だけで社会が変わることの難しさの片鱗がすでに見えてきている。熱狂的にオバマを支持したように自分たちの生活を守るために自ら活動することが、民主主義の原点だろう。どのように社会が変わるのか、大統領就任後の100日間が楽しみでもある

(了)